これは、彼女の命の炎が消える前、
最後の最後に、僕(らいく)に伝えてくれた言葉です。

この後すぐ、彼女は、だんだん言葉が出せなくなり、
そして、長い眠りにつきました・・・。

彼女の最後の言葉は、その後の人生において、
僕の心に、ずっと深く残っています。

でも、僕はずっと、
この言葉の「本当の意味」を理解できないでいました。

僕は、10年間、ずっと無気力な日々を送っていました。


「まぁ、、投資で月100〜150万くらい稼いで、
 あとはのんびり生きていけばいいかな・・・」

そんなことを考えて、
何かに本気で燃えることも、
誰かと深く関わることもしてきませんでした。

いや、正確には、
「瞬間的に」燃える時はあります。

ピアノを必死に練習してみたり、
コミュニティを作って、みんなの悩み相談に乗ったり、
それなりには、頑張ってきました。

でも、かつて僕が、

4年間、全身全霊で、
誰かのために燃え続けた

あの時に比べたら、1%も燃えられていませんでした。

あの4年間、僕は、
目の前に「死」がありました。

だから、必死に「生きていた」のです。

人生ではじめて、「生きている」と本気で思えたのです。

でも、その後、
僕は、燃え尽きてしまっていました・・・。

ひかりを失ってから、無気力になって、
生きるのが辛くなった時もありました。

しかし、10年の時を経て・・・
あの日、彼女が命をかけて伝えてくれた言葉が、

再び、僕の心に「希望の光」を灯してくれました。

そして、改めて、

「これから出会うみんなを、
 明るく、楽しく、あたたかく、
 軽く、熱い場所に、
 連れていこう・・・!」

そう強く決意することとなりました。

今日は、ひかりがなぜ、最後に、
あの言葉を僕に投げかけてくれたのか・・・?

これから、ひかりの過ごした
最後の4年間を、語らせていただきます。

このひかりとの話は、
きっとあなたにも
希望の光を届けてくれると思います。

ぜひ、このストーリーを読んで、

を感じていただけたらと思います。

文末付近で「メドレー」も演奏しています。

持てる力のすべてを演奏に出し切りましたので、
そちらも合わせて聞いてみてください。

================

俺は、ずっと、ちゅーと(中途)な
生き方をしていた。

ひかりと出会うまで、
いや、出会ってから
しばらくの間、ずっと・・・。

20代の頃、俺はギターを練習して、
いつかプロになりたいと夢見ていました。

でも、そこまで突き抜けた才能があるわけでもなく、
それを補えるくらい死ぬ気で練習していたわけでもなく、

「あぁ、やっぱ、オレって才能無いのかもな・・・」

なんて思って、挫折しかけていた。

人生の希望を失いつつある俺に、
彼女は光を照らしてくれたのです。

彼女との最初の出会いは、
とあるバンドのライブ会場でした。

俺は、そのバンドが好きで
来てたわけではありませんでした。

実は、そのライブ会場は、
当時、俺がプロを目指していた時、
本来僕が所属するバンドグループが
演奏する予定だったのです。

しかし、直前になって、その演奏がなくなってしまい、
代わりに演奏することになった
ユニットのライブに来ていたのです。

「悔しいな・・・」

まわりのみんなが盛り上がっている中、
俺の心は、暗くて重かった。

本当だったら、あの舞台に、
自分が立っていたはずなのに・・・。

そんなに上手いわけでもないその演奏を、
悔しさを噛み締めるように聞いていた俺ですが、

その時、ふと横を見ると、
一人、どこからどう見ても
場違いなお嬢様風の女性が
ポツンと立っていました。

彼女も、俺と同様、そのライブをあまり楽しんでおらず、
ぼーっと聞いていた彼女に、
何か、俺と似たものを感じる気がする・・・

俺は思わず、話しかけてみた。

「このバンドすきなの・・・?」

俺が声をかけると、彼女は怪訝な顔をした。

そりゃあそうです。

当時、俺は金髪でイケイケなヤツで、
そんなやつから突然話しかけられたら、
「何、この人?」ってなって当然です。

でも、その盛り上がっているライブの中、
俺らは静かに、会話を続けていました。



そして、彼女も、俺と同じく、
音楽の世界でプロを目指していることを知って、
自然と、俺は彼女に興味を持ち始めました。

彼女は、ひかりという名前の子でした。

最初は、良い印象を持たれていなかった俺ですが、
お互いに音楽好きだったこともあり、
話せば話すほど、二人の共通点が見つかりました。

でも、違いがありました。

俺は、毎日音楽の練習はしていたものの、どこか燃えきれず、
のんべんだらりと生きつつ、

それでも夢を諦めきれずに、
ひかりの前では、強がって、大きな夢を語っていた。

一方で、彼女は、指先のタッチだったり、
指のタコが大きくできていたことから、

明らかに、ピアノのレベルは
素人のそれではないことが
なんとなくわかったのです。

実際は、俺の想像をはるかに超える
「天才少女」だったことが後にわかるわけですが、

そういった話は、俺にはほとんどしてくれず、
ピアノの少し深い話になると、
彼女は途端に話題を逸らそうとします。

なので、当時は深く踏み込むことはできず、
ただ、心のどこかでは「寂しいな」という気持ちは
どうしてもぬぐえませんでした。

そんな俺を横目に、
彼女はただずっと俺の話を聞いてくれて、

肝心なところは話していないけど、
時に肯定してくれて、
時には厳しく叱ってくれた。

そう俺を励まし続けてくれた。

不思議なことに、ひかりのまっすぐな目は、
本気で俺のことを信じてくれているんだと思わされて、
そんな目で言われると、不思議と、勇気が湧いてきた。

そう思ったのです。

「世界で自分のことをわかってくれる人は誰もいない」

俺は、中学の頃から、ずっとこんな感情が
自分の心の中で渦巻いていました。

そんな真っ暗闇の世界にぽつんと置かれいた俺が、
彼女に出会ってから、
その孤独と寂しさの黒い渦の真ん中に、
一つの小さな光が差し込んだのです。

陽だまりのような笑顔と、ころころ変わる愛嬌、
どこかいたいけな少女のような瞳の中に映る憂い、
大人びた口調と、優しく諭すようなまなざしを受けて、

冷めきって、いつしか冷たく暗くなっていた俺の心にも、
じわじわと心の火が、灯ってきたのです。

この言葉だけは、15年たった今でも魂の中に刻まれている、
深く、熱く、慈しみを感じる私の人生に光が照らされた瞬間でした。

本当に嬉しくて、本当は自分自身も、
誰かを照らすために、音楽をやってきたはずなのに、
それが叶わなくて腐っていた自分自身を燃え上がらせるには、

十分な喜びの感情を、彼女は俺に与えてくれたのです。

――ねえ、あなたは今を
一生懸命に生きているって言える?――

彼女は、こう俺に投げかけたことがあった。

人並み以下の生活で、仕事も中途半端、
人間関係にいたっては壊滅そのもので、
友人はまったくのゼロ。

あれだけプロを目指すと豪語していたギターも、
もはや宙ぶらりんの夢になって、
生きる意味を半ばなくしていたときだった。

もしも彼女がいなかったら、
俺はどんな生き方をしていただろう?

ひかりの言葉には、
苦笑いでごまかすことしかできなかった。

なぜなら、日に日に、彼女と俺の間には、
「才能」という大きな隔たりがあることに
気づいてしまっていたからです。

俺は、「持っていなかった側」の人間でした。

どれだけ努力を重ねても、どんなに時間を使ったとしても、

超えられない壁や、
才能の次元というものはわかってしまうのです。

必死に努力すればするほど、
彼女との差をより強く感じるようになります。

今思えば、、、
彼女が、自分のことをあまり言わなかったのは、

俺が、そう思っていたからなのかもしれないな、
と思っています。

彼女は、どっちが才能あるかなんて、
どうでもよかった。

ただただ、自分の夢を追いかけて、
まっすぐに生きていたのです。

俺は、勝手に比較して、
ひかりほどの「高み」の景色を

自分は見れない人間かもしれないと
思ってしまっていた。

彼女の期待を裏切りたくない
一緒に、夢を追いかけたい

だけど、自分は・・・

そんな葛藤を日々感じていました。

そんな風に思ってしまう自分が、
悔しくて、やるせなくて、

彼女との時間が幸せすぎるからこそ、
それが当時の自分の心には、
とても痛くて切なかったのです。

彼女といると、とても心地よい。

だけど、同時に、苦しい。

そんな、相反する感情が入り混じっていました。

それは、彼女が、俺の才能とかではなく、
もっとその奥にある「何か」を、
見てくれている気がしたからです。

本当に自分がもとめていたのは、
表面的な、浅く冷たい機械的で
打算的なつながりではなくて、

心の底から、深く、強く、それなのに
春の足音が聞こえてくるような、
あたたかみのある風の音色、

そういうものを欲していたのだと、
彼女を通して気付かされたのです。

ですが、俺は、
そんな彼女にきちんと応えられずに、
彼女との関係も、どこか曖昧で、
宙ぶらりんなままでした。

自分の才能を信じきれていない
まだ何もなしえていない
将来どうなるかもわからない

そんな俺が、
彼女と一緒にいていいのだろうか
そんなことを考えたりもしながら、

ただただ、彼女と過ごす
「ささやかな幸せ」を感じられる時間を
楽しんでいました。

そんなある日、俺は、ふと思いました。

俺が、

「自分のことをわかってくれる人は誰もいない」

と思っていたように、
きっと、ひかりも、
そう思って生きてきたのかもしれない。

じゃあ、今度は、
俺がこの子の未来を信じてあげなきゃ。

この子が、何を目指しているのか、まだ俺は知らない。

けど、ひかりには
特別な才能があることだけは、俺でもわかる。

だから、

少しずつ、そう思えるようになってきました。

しかし…

俺は、

このささやかな幸せ、何気ない毎日が、
ずっと続くと思っていました。

そう願っていました・・・。

でも、この時、俺は、気づかなかったのです。

少しずつ、二人の未来に、
黒い影が忍び寄っていたことを・・・。

その日は、突然やってきました。

最初は軽い検査でした。

それにしてはずいぶんと
大きな病院だなと思ったものの、
看護師の知り合いが多い彼女に、
意を唱えることはありませんでした。

「すぐに戻ってくるから、心配しないでね。」

いつものように、笑顔を見せる彼女。

その日は、検査も比較的すぐに終わって戻ってきて、
いつもと変わらない他愛のない話をしていました。

その後も、
ひかりはちょくちょく、
病院へ検査に行くようになった。

今思い返すと、このとき、ひかりはすでに、
自分の体に「異常」が起こっていることに、
うすうす気づいていたのではないかと思う。

しかし無知で阿呆だった俺は
まったくそれに気が付かず、
彼女の体には何も異変はないと信じ込んでいた。

だけど、明らかに病院に行く回数が
増えていくにつれて、
不穏な空気を感じていた。

そうして、明らかにおかしいと俺が感じたときには、
もうすでに「病魔の影」はあいつを浸食していた。

このときのひかりからは、
あれこれと難しい単語や、
いろいろな専門的な話が出てきたが、

覚えているのはたったの一つ。

ということだけが、
頭の中を永遠にリフレインしていた。

そして、彼女に残された時間が、
あと数年であることを告げられる。

まぶしかった日々が突如暗転して、
吐き気と、憤りと、やるせなさと、
衝撃がすべて混ざり合ったような
混とんとした感情が俺を襲った。

「どうして、お前が…」

と、声にならない叫びを
出していたような気がします。

実際に、俺自身がひかりの病気を知ったときは、
すでに結構なスピードで、
彼女の体は浸食されていました。

思い描いていた幸せな未来・・・

それが、一瞬にして崩れ、
救いようのない絶望感、悲しみ、無力感が襲ってきた。

―――

それからしばらくして、ひかりは、
いわゆる「ホスピス」に移された。

今で言うなら「終身医療」の病棟だ。
(※ いわゆる助かる見込みのない
 終末期の人間が集まる病棟のこと)

当然俺には、医療の知識が皆無だったため、
彼女が「非常に重たい難病」にかかっていることに、
このときはまだ気が付くことができなかった。

普通の病院となんら区別がつかず、
病気の進行はなんとか抑えられているんだろう
と思っていた。

そこにいる患者の人たちはみんな元気で、
ひかりはその中でも、中心的な輪を構築していた。

時おりピアノを弾く姿はなんとも綺麗で、
まるで女神のようだった。

ここの病院には病状のレベルによって「階層」があって、
最初に移ってくるときには、
そのへんの病院と変わらない診療を受ける。

(このときのひかりの症状の進行レベルは「2」)

しかしそれから…

――1年近くがたってもまるで回復しない病魔に
不安と焦りを感じていたのは事実だった――

それから2ヶ月たって、彼女の病気はさらに進行した。
病棟から個室に移された。

(進行レベルが「3」に上がり、
もう普通の病棟に戻れる可能性すら薄くなった)

当時は知識が乏しくわからなかったが、
ここに「移る」ということは、事実上もう
助からないことを意味する。

院長は申し訳なさそうな表情で語りかけてきた。

あの子の病気は今の医学では
治すことがほぼ不可能な難病で、
助かる可能性は極めて低い。

手術ができないわけではないんだけど、

膨大な治療費用がかかる上に、
輸送費、手術費、交通費、滞在費
もろもろがかかってきて、

金額にすると
だいたい1.1億ぐらいの金額がかかる。

そして、それを全部やったとしても、
完治する確率は3%あるかないかぐらい。

・・・

それを聞いたとき、
俺は何かの間違いではないかと思った。

よく、

「私の娘の手術費用のために、3000万円の
 寄付をどうかよろしくお願いします」

と父親が費用を集めるために
懇願するシーンがなぜか頭の中で鳴り響いた。

1000万ですらほぼ諦める金額なのに
1億以上?

しかも、それで助かる可能性がたった3%・・・

嘘だろ???

あまりにも現実味のない数字の羅列が、
まるで悪魔の叫びのように、
俺の心臓を強く貫いた。

資金を限界までかき集めたところで、
当時の全財産は100万円すらない状態だった。

もし、手術して助かる可能性が
50%以上だったら、

内臓を売ってでも、

どんな汚いことをしても、

集めていたかもしれない。

俺は、心が折れかけた。

心が抉(えぐ)られた。

もはや、俺にできることは、
ただただ、ひかりに
会いに来ることだけだった。

幸いにもひかりの病気は
うつるものではなかったので、
自分なりに一生懸命に知識をつけて、
看病をする日が続いた。

仕事をしながらだったから、
半端じゃなく苦しい毎日だった。

でもそんなある日、
私は彼女から「宣告」を受けてしまう。

―――

「ねえ、もういいから、
 私のために時間を使わないで!」

進行レベルが3になってから
ひかりとなかなか会えなくなった。

血のつながりのある親族の人以外は
会える時間が限られるようになったのです。

そう制限されているのには、
きちんと理由があります。

たいてい、末期の患者には、
色んな友人が会いにきます。

でも、ほとんどの場合、
すぐに来なくなるのです。

なぜなら、患者の精神がどんどん不安定になっていき、
みんな、それに耐えきれなくなるからです。

すると、最初たくさん来てくれていた分、
かえって孤独になり、

それで、自殺してしまったり、
勝手に抜け出して、車を運転して事故を起こしたり、

といったことが頻繁にあったことから、

親族以外の人は、なかなか会えないという
制度ができてしまったのです。

たまに会って、短い時間だけど、
ひかりと会話をするも、

ひかりは、なるべく見せないようにはしつつも、
彼女の中で不安と悲しみが大きくなっていくのを
感じてしまいます。

いつでも当たり前に
会うことができていたのに、

たわいもない会話を
何時間もできていたのに、

今では、それもできなくなった・・・

そして、それがいずれ、
2度とできなくなってしまう。

俺は、未来を考えるたびに、
精神がおかしくなりそうだった。

でも、彼女は、もっと苦しいのだから、
俺がそれを見せちゃいけない。

そう思いながら、病院に通っていた。

このときに考えていたことは、たった1つだった。


ひかりと長い時間会うことができる唯一の方法は
病院のスタッフになるしかありませんでした。

ただ、当たり前ですが、

地位もお金も、医療知識も何もない
むしろ勉強なんてまともにしたことがない

小僧一人が立ち向かえる問題では
なかったのかもしれません。

だけど当時の俺は、
ここの病院の最高責任者とアポを取り付け、
土下座をして、懇願した。

(営業で培った交渉スキルがこんなところで活きるとは…)

人生ではじめて、こんなにも人に頭を下げました。

無鉄砲で大胆な行動というのは怖いが、
当時の俺だからできた、
がむしゃらな行動だったのかもしれない。

――――


視点:ひかり

(はぁ、これは先が長くないなぁ…)

らいくには申し訳ないことしたな、、、

だいぶ突き放したつもりだったけど、
熱情的なアイツは、私から離れられないだろうなぁ…

両親もいないし、兄弟もいない私だけど
あいつに惚れたのは本気だったんだよね。

一緒に過ごしているときは楽しい時間だったけど、
それも、もうできなくなっちゃったのか…

さすがの私も、ちょっと参ったなぁ…

今まで大きな風邪ひとつ引いてこなかったのに
人生って何が起こるかわからないもんだよ。

今のうちから、手紙をしたためておかないと、
私の手が動かなくなってからじゃ、遅いしね…


ひかりが入院しているホスピスは、
正式なスタッフとして合格すれば、
普通に正社員として働ける制度があった。

しかしこの試験は、
そう簡単に合格できるものじゃない。

院長はそっと言う。

音楽ばかりやってきて、
勉強なんてまともにやったことない。

受かるかどうかもわからない。

そして、たとえ受かっても、
ひかりはもう助からない。

それでも、やり遂げる意志はある??

そう問われた。

でも、俺の覚悟は決まっていた。

  ――仕事を休職し、ビジネスもすべてストップし
    すべての時間を勉強に費やした、一生のうちで一番机に向かった――


そんな210日間だった。

そしてこのとき、あれだけ本気でやってきた、
大切な相棒から受け継いだ
この世に二つとしてないギターを「破壊した」

これが当時の俺の「本気の」決意だったからだ。

こればかりは「今」の俺はいささか後悔しているが、
「当時」の俺は、そんな先のことは考えていなかった。

こうでもしないと、
本気で勉強できなかったからだ。

本当に何かを得ようとするならば、
「それと等しい何かを捧げる覚悟」が必要なんだ

俺は、自分の「夢」を捧げて、
ひかりと過ごす「残りわずかな時間」を選んだ。

―――

人生ではじめて、死ぬ気で勉強した210日間。

その結果は、なんと、
「ギリギリで補欠合格」。

それを聞いた時、俺の進む道はもう決まっていた。

「ひかりの最期を、
 看取りますのでよろしくお願いします」

「明日から休みはないわよ」

喜びと言う表現はおかしいかもしれないが、
どんな勉強よりも必死になって勝ち取った一つの証でした。


「よう」

ひかりは何が起こったのか理解ができていないようで、
目がきょとんとして、俺を見ていた。

「難関だったけど、ホスピスのスタッフ試験突破してきたわ」

正直、当時、睡眠時間は
平均3時間を切ってたと思います。

病院近くに物件を探したり、引っ越しの準備や、
医療知識を最低限つけるための勉強なりで、
肉体的にはもはやボロボロだった。

だがそれを彼女に
見破られるわけにはいかなかった。

ただただ、やせ我慢と笑いでごまかしていた。

ひかりは、泣いていた。

その涙が、嬉しさの涙なのか、

自分のために夢を諦めてしまった俺に
申し訳ないと思っての涙なのか、

わからなかった。

けれど、俺に一切の後悔はなかった。

「もう俺、おまえの専任スタッフになったからよろしく」

実際、セリフだけを見れば
少しだけ格好いいのかもしれないが、

このときの私は、

  ――肉体的にも、精神的にも限界は近かった――


「今」だから言えることは、

心も身体も限界突破をしていましたが、
魂だけは、いい意味で震えていたと思います。

なぜなら、人生ではじめて、
「本気になれた」と言える日々を送っていたから。

そんなことをふと思ったけど、もう遅い。

ひかりは、俺の数十倍の心労だったと思いますが…

この一言で、今までの苦労は、
すべて報われた気がしました。

**

  ――あなたは、もし、今日、大切な人が死んでも
    悔いのない1日を過ごせていますか??――

俺は、大切な人の「死」を目の前にして、
はじめて、人生を本気で生きれた。

あの時、俺は、病院のスタッフなんてならず、
たまに会いに来て、適当に看病をして、
俺は俺の人生を「さっさと」生きる、
そういう選択も取ることは可能でした。

しかし、もし俺が、過去に戻れたとしても、
まったく同じ決断をするでしょう。

もうすぐ死に向かっているひかりと
二人三脚で生きる道を選びます。

あなたは「死ぬか生きるか」のレベルで
真剣に仕事に取り組んだり、
家族と向き合ったことはありますか?

もしもまだ、それがなかったとしたら、
今から少しずつ、あなたの命を大切にしてください。

俺は、210日間の勉強の末、病院のスタッフになれましたが、
その時、ある条件を突きつけられました。

俺は、約束通り、ひかりが旅立ってから2年間、
病院で働いていました。

そしてわかったことがあります。

実際の現場は、決してあたたかいものではなく、
病室に押し込まれ、両親でさえも、友人でさえも、
1年を超える闘病に付き合ってくれる人は..

体感で申し訳ないですが、1%もいなかったと思います。

1週間は誰でも看病をしに、激励をしにきます。

1ヶ月たつと、徐々に疎遠になり、
3ヶ月たつと、かなり仲の良い人だけが残り、

半年たつと、その親友ですらいなくなり、
1年たつと、ほとんどの患者さんが1人になります。

それは、どれだけお金があっても、
どれだけの名誉や地位があっても、同じでした。

体ひとつになって、すべてを失ったとき、
最終的にはこうなるのかと、
1つの真理を見たような気がしました。

なので、、

  ――あなたの傍にいる人を、
守れる強さを持ってください――

私の母方の祖母もそんな感じでした。

3人も兄弟がいるのに、
最後まで診たのはうちの母親だけ。

このとき「心の底から」人間というものは、
薄情な生き物なんだなと思ったものです。


視点:ひかり

(本当にアイツって、バカだよね…)

医療の「い」の文字すら知らなかった彼が、
7ヶ月で病院のスタッフになっちゃうなんて、

いったい、どれだけの努力をしてきたのだろう。

――仕事とか、投資とか、ビジネスとか
私には男性の大変さがよくわからない。
けれどたぶん、あなたは今まで
本気になっていなかったんだと思う――

彼にとってのエネルギーの源泉は、
もしかしたらギターだったのかもしれない…

そして私は「せっかく」ピアノを弾けるのに、
結局、彼と一緒に演奏する夢は叶わなかったなぁ。

それだけが悔しいよ。

あいつには、音楽を本気でやってほしかった。

当時は、まだ「音を楽しんでいる」だけで、
本当に奏でる音に何も重みと深みがなかった。

それでは、人の心の奥底には到底届かない。

ましてや、プロでやっている私みたいな人には、
もっと届くことはない。

たぶん彼は「プロを目指している」自分に
酔っていただけ、まだね。

私の腕の力がまだ残っていたころ、
(今はもうこうして手紙を残すことすら
 歯ぎしりするぐらい辛いのだけれど)

ピアノの練習を10時間欠かしたことは、
人生の中で、いったい何回あっただろう?

そのぐらいは毎日弾き込んでいたもの。

別にその没頭の対象が「音楽」じゃなくてもいいの。

それが仕事であっても、事業であってもね。

そのぐらいやっているなら、
今は誰の目にも止まらなくても、
必ずその輝きに気づいてくれる人がいる。

私は少なくとも、そう信じてピアノを弾き続けてきた。

*

ただ、でも…

ううん、たぶん彼は「人のために頑張ること」で
輝ける人生を送れる人なんだね。

だとしたら、私ができることは決まったよ。

私がいなくなる前に、彼を一人の男にしてあげないとね、
お姉さんとして、そして一人の恋をした女として、だ。

神様は本当に辛い試練を彼に与えたなぁ。

でも、それをやり遂げる、心の強さを持ってたね。

立場が逆だったら、私は同じことができたかな、、?

私はもう、彼の前では弱音を吐かない
命が尽きかけていることを、悟らせたらダメよね。

できるだけ詳細に、今の感情を冷静に書いておく。
彼の努力を、私が水に流すことだけはしないように。

言葉では言えなくても、あいつなら
文字情報から読み取れるだろうから。


一進一退の攻防戦は続いた。

ひかりの病気はよくなることもなければ、
劇的に悪くなることもなかった。

しかし、ゆっくりと確実に
終わりの日は近づいてきていた。

彼女は俺の前で涙こそ流さなくなったものの、
目が腫れているのを隠しきれない日が多くなっていた。

院長の話によれば、
普通はもっと「担当医」に当たり散らかすらしく、

「ひかりちゃんは本当に気丈であなた想いの強い子よ」

と言っていた。

勢いでスタッフになったものの、
不安で押しつぶされそうにならなかった日は
一日たりともなかった。

でも、あまりに不謹慎だが、

――それほどまでに、俺は今まで
自分の人生を、本気で生きてこなかった――

やりたくない仕事、結果のでないビジネス活動、
お金のためにこなす雑務、
腹を割って話せない薄っぺらい友人、
自分の地位や立場だけを守るクソな上司…

薄っぺらい夢と、破壊したギターの残骸。

「本当に俺は、ギターのことを理解していたのか?」

「本当に自分は、夢に向かって進んでいたと言えるのか?」

「本当に俺は…」

自問自答は止まらなかった。

ここの終身医療は、立場も年齢も違えど
それぞれが患者と精一杯向き合っている。

10代や20代の若者も多く、
学ぶべきことが非常に多かった。

そんなとき、ひかりの容態が急変した。


視点:ひかり

(細胞が、もう元には戻らない…か)

500万人に1人の割合で発症する、
細胞と五感を蝕む不思議な病気。

こんなに悲劇のヒロインにしなくてもいいのになぁ…

倒れてから3日後に目を覚ましたとき、
身体のいろんなところがおかしくなっていた。

あれだけ弾いてきた「手」の感覚も、
するりするりと私の中からこぼれ落ちていく。

もっとも顕著にダメージを受けたのは、
視覚と嗅覚で、視力1.5だったのが
一気に0.1未満まで落ちてしまったこと、

もう何を口に入れても乾いた空気の味しかしなかった。

それは、まだよかった。

あれだけ弾きこんだ曲が…

ピアノが……

手が、腕が、思うように全然動かない。

弾けないことが分かってしまったのが何よりも辛かった。

あまりに悔しくて、初めて本気で
らいくの前で暴言を吐いて、暴れて
引っかいて、叫んで、ずいぶんと迷惑をかけちゃったなぁ。

私って、こんなにも弱い人間だったんだ。

実際に病魔が進行してくると、怖くてたまらない。
日に日に衰弱している自分の体が憎いよ…

そしてこの日、病状のレベルは
3から4に上がった。

症状のレベルが4になると、
さらに部屋をうつらなくてはいけなくなる。

事実上の「死の宣告」だ。

・・・死にたくない。

ピアノが弾けなくてもいいから、
せめて、もっとらいくと一緒にいたい・・・。


「もう、こんな私に同情しないでよ」

ひかりは今まで見せたことのない表情で、激昂し
弱り切った腕で俺の胸をパン、パン、と叩いた。

腕もかなり細くなってしまい、
超えもずいぶんと小さくなっていて、
涙をこらえるので必死だった。

「もうこんな私をみないでよ…」

院長が言うには、

――もしひかりちゃんが君に弱音を吐いたとき、
症状はレベル3から4に移ったとみていいわ。

――視力も一気に落ちてきて、
精神がより不安定になる。

――そして残念だけど、そうなったら
もうここの個室にはいられない。

――でも普通はこんなにも長い間は耐えられない、
しかも「夢」まで失った子は
ここを「脱走」して自分で命を絶ってもおかしくないの。

ひかりちゃんだからできたことなのよ。

――本当に強い子よ、あの子は。

院長のまんま、その通りになっていたのが悔しかった。
症状レベル4、というのは「死の確定」を意味する。

前までは、1.1億円をかけて手術をしたら、
3%の確率で助かると言われていたが、

この段階でもう、ひかりの助かる見込みは完全に0%となった。

わかりきっていたこととはいえ、だいぶ堪えた。

心のどこかで、微かな希望を抱いていたのかもしれない。

何か奇跡が起こることを期待していたのかもしれない。

あんなに弱い彼女をみたのは、これが初めてだった。

どんなにしんどいときでも、弱音を吐いたことがなかったのに、
どれだけ苦しいときでも、涙を見せたことがなかったのに。

俺ができることは、最後の最後まで
彼女の傍にいてやることだけだった。

―――

――もし、あなたの大事な人が、今日で最後だとしても、
後悔のない関わりができていますか?――

仮にもし、あなたにとって
大切な人がまだ現れていなくても、
いつか出会ったときに、
悔いなく生き切ってほしい。

あなたの心に何かが届いたのであれば、
そのフレーズをメモに残してほしい。

そして願わくば「ひかり」という一人の女性の存在を、
頭の片隅にでも覚えておいて頂ければ、
私にとってこれほど嬉しいことはありません。

おそらく「あいつ」に病気が存在しなかったとしたら、
きっと日本でコアなファンには愛されるピアニストか、

海外で有名な演奏者として、

どちらかの道でおそらくは
評価される音楽家になっていたんじゃないか…と思います。

実際に、ひかりが旅立ったあと、彼女が師事していた
世界的な音楽家からそう言われました。

それほど、彼女は「天賦の才」を持っていたのです。

かつて、俺は、ひかりと比べて、
彼女の才能に嫉妬していたのかもしれません。

どうせ、いくら追いかけても、モノが違うんだ、と、
言い訳をしてずっと本気になれずにいました。

彼女の命が「残りわずか」になって、
ようやく、そのことに気づけたのです。

*

それから5ヶ月がたって、アイツが慟哭したのは、
あの一回きりで、ひかりは変わらずに、
から元気を見せていた。

当時の面影はほとんどなく、髪も抜けて
目はくぼみ、腕はより細くなり、
呼吸が浅くなっている。

それでもまだ、俺との記憶と姿はどうにか
認識できているようで、他愛のない話を日々していた。

症状レベルは末期の「5」に進行しようとしていた時・・・。

俺は、ある決意をした。

ひかりの病室に入り、
俺は、ひかりの手を握って、言った。

そして、ひかりの手にそっと、
1つの箱を置いた。

ひかりがその箱を開けると、
そこには、指輪が入っていた。

「ごめんな、全然お金なくて、
 それしか買えなかったんだ。」

それを見た瞬間、彼女の目からは涙が流れた。

それを見て、思わず、俺ももらい泣きをした。

嬉しさで、ひかりの体がよろめいて、
俺は、その細い体を全身で抱きしめた。


視点:ひかり

たぶんあなたがこの手紙を見るころには、
私の病状は「レベル5」に進行していると思う。

目も、もうあんまり見えないし、
手もあんまり動かないけれど、

まだなんとか、手紙を書く意識だけは
気力で残っていてよかったな。

指輪かぁ、言葉がもうちょっと話せればよかったんだけど、
たぶんあなたなら、私の涙を見て察してくれたよね。

受け取ることが正解だったのかわからないけど
ここまでしてくれたあなたを、
裏切ることはどうしてもできなかった。

(バカ…嬉しいに決まっているじゃない)

私が生まれ変わって、あなたが生まれ変わったら
また当然のように、一緒になるって決めているの。

だから、あなたとの記憶は、死んでも忘れないように、
魂に刻み込んでおくから。

もちろん、こんな言葉はもう面と向かって
君には直接言えないよ。

あなたは優しすぎるから、
もし、私が死んだら、私のことは忘れて、
あなたは、あなたの人生を生きてね。

きっと、あなたは、この先も、
本気になって生きていけるはず。

きっと、大丈夫。

私は信じてるから。

籍は入れない、あなたにはまだこの先の未来があるから。


指輪をひかりに渡してからは、
穏やかな時間が流れていた、という表現が
一番合っていたような気がする。

いろいろととりとめのない会話を、
ゆっくりと1つ1つ、
これまでの思い出のアルバムを
一枚一枚、丁寧にめくるように語りかけていた。

たまたまライブ会場で隣にいた彼女

出会ってから、何気ない日々を楽しんでいた二人

ある日突然、病気が発覚して、
楽しい毎日が突然終わって

そこから、人生ではじめて、死に物狂いで勉強して、

今、こうして、毎日会うことができて、、、

本当に、すべてがあっという間で、
駆け抜けたような一瞬の出来事だった。

俺が色々と思い出を語っているけど、
ひかりは、もうほとんど言葉を話せない。

だけど、彼女の表情からは
安堵感のようなものを感じていて、

言葉のかけらのようなものを、
ぽつぽつと言ってくれていた。

そのときの俺は、ただ表情を目に焼きつけていた。

言葉を話せなくとも、
ただその顔つきをみれば、長年の付き合いだから、
嬉しかったか、喜んでくれたかどうかはすぐにわかる。

途中からは、ほとんど喋らなくなったけど、

彼女の顔を眺めながら、手を握り
これまで過ごした日々を二人で思い出していた。

緩やかなジェスチャーと、ゆったりとした相づちを
確かに反応として残してくれていて、
手の温もりからそのささやかな喜びは確かに伝わってきた。

あたたかい空気が二人を抱きしめてくれているようで、
これまで感じたことのない幸福感に包まれていた。


視点:ひかり

もう、長くはもたないだろうなぁ。

人の空気がまったく流れていない、
個室の大部屋、たった一文字を書くのが
こんなにも辛いなんて。

それでも、もう声をほとんど出せない私ができることは、
こうして筆に、今の心境を書くことだけだった。

いつかこの手紙に「書いたとおり」の男に
あなたならなれる。

私は天国から、あなたの生き様をしっかりと見ているから。

5年後でも、10年後でも、20年後だっていい。

あなたは誰よりも不器用だから、
もしかしたら30年かかっちゃうかもしれない。

それでも、いいの。

あなたと結婚して、私がゆっくり育てていこうと思ったのに、
人生ってなかなかどうして、うまくいかないよね。

それは私ではなくて、

未来の君を支えてくれる素敵な誰かに任せることにするよ。

涙だけは、何度流したってたりなすぎる。

でもそれは、私だけの秘密。


彼女は、だいぶ弱っていた。

ことばももうまともに話せない。

だけど、彼女の俺を見る目は、
昔と全く変わらなかった。

彼女は、死ぬ前も、俺のことを信じ続けてくれた。

俺が、将来、どうなるかわからない。

音楽をやるかもしれないし、

ビジネスをやるかもしれないし、

だけど、きっと、何をやっても、
また熱く燃えてやってくれると
信じてくれていた。

当時の俺は、
彼女がいなくなった後のことなんて
考えていませんでした。

いや、考える暇もなかったのです。

でも、きっと、この子は、
ずっと信じ続けてくれてるんだろうな

そんなことを感じさせてくれた。


【ひかりの残した最後の手紙】

ひかりです。

あなたがこの手紙を読んでいる頃には
私はもう、この世にいないと思います。

でね、私はあなたのことを誰よりも理解しているつもり。

もちろんこれが最後の手紙になっちゃったら、
本当に笑えないんだけど、、
やっぱり言葉だと私は、
あなたにうまく言えない気がしたの。

というかね、実際はもう、
言葉を出すことすらしんどいんだ。
(この手紙も今はもう、たった一通書くのに
 17時間以上かかっています)

たぶん、寝てないよね?

たぶん(症状レベル4)のときから、
ずっと私を助ける手段を考えていたんでしょう?

無理だと頭ではわかっているのに、
あなたの性格だもの、絶対にもがいている姿が
すぐにわかるし、その気持ちは本当に嬉しいんだよ。

日に日に弱っていく私をみながら、なんとかそれを
表情に出そうとせずに、疲れを感じさせないような
私に言葉を残してくれていたよね。

別に私はこの形だけの治療やらを、
もう放棄してもいいかなって思っているんだけれど、
やっぱりほら、私は今までいろんな人に
迷惑ばっかりかけてきたからさ。

それに、どうせ私には、
家族と呼べる人は、誰もいないし。

だからあなただけには私の…………

(ここからは文字がにじんでしまっていて、
 何行かを読み込むことができない)

あなたが次に、私に会いにくるときは、
あなたにとって、本当に辛く
悲しい瞬間を目に焼き付けてしまうと思う。

それでも私は、最後まであなたに嘘はつかない。
それがあなたの本当の意味で、理解することだと
私はずっと、思ってきたから。

先に行って、待ってる、君のことを。

あんまりすぐこっちに来ちゃだめだよ。

私が生涯もっとも、最後の最後まで愛した弟くんへ

婚約指輪本当にありがとう。

生まれ変わっても、あなたとまた結婚します。

ひかり


「き、、、たん、、、、、、ね」

ひかりの声は遠く、小さく、
そしてはっきりとは聞き取れない。

ぷつり、ぷつりと単語のカケラが
脳に響き渡る。

「私は、ここ、、に、、い、、、、」

彼女は私の顔をみると、そのほっそりとした腕で
私の髪をなでてくれた。

その手には、指輪がはめてある。

俺は、涙腺が決壊してしまった。

今日が「最後の日」であることを、

二人とも、なんとなく、感じとっていたのだと思う。

**

我々は、今の日常がすべからく「毎日」
当たり前に明日も続くと思いがちです。

いま「現在」のらいくであれば、
当時の治療費も払える金額ではあります。

とはいえそれでも、
かなりの高額な費用なことには違いませんし、
それでも、助かる可能性は限りなく低いものでした。

それでも、今なら、
そのわずかな希望に賭けていると思います。

「死」は、ある日突然やってくるものです。

その時に、後悔する人、しない人の違いは、

の違いです。

俺は、昔は、全くそんなこと感じていませんでした。

だから、最初、ひかりの病気がわかった時、
絶望のどん底に叩きつけられました。

でも、そこから、日々「死」と向き合って、

いつひかりが死んでも、悔いのないように、

いや・・・

悔いが残らないようにするのは、
当時の未熟な俺にはできませんでした。

でも、それでも、

「もっとあぁしてればよかった」

って絶対に思わないように、

できること全部やろうと思って生きていました。

俺の身に起こったことは、
誰にでも、いつでも起こりうることです。

自分には関係のない
遠い世界の出来事だと思わないでください。

「あなたに起きた出来事」と置き換えて、
ひかりのことは
「あなたの最愛の人」や子供と置き換えて、
聞いてほしいなと思います。

―――

・・・あれから何時間がたっただろうか。

お互いの気持ちを、時間で埋めていた。

とにかく言い残すことがないように、
ずっと、その手と肩を引き寄せながら、
なにかを永遠に喋っていたような気がする。

ひかりはもう、
言葉をなかなか発することが
できなくなってしまっていた。

でも、動作と仕草でそれに応えてくれていた。

緩やかに光る、婚約指輪を何度もなでながら…

「俺は本当に、ひかりを、理解できていたかな?」

彼女は私の背中をゆっくりとさすりながら、
丸を書き続ける。

さらに丸を書き、次の丸を書く

そのつぼみに、ゆっくりと水を注ぐような仕草を見せる。

「ずっと、勇気を、、、
 あなた、、から、、もらって、きたよ」

やっとの思いで、口をぱくぱくと動かして言った。

俺は目をそらさずに、その姿と言葉を
しっかりと記憶と脳裏に焼きつける。

ひかりの手の動きが、完全に止まった。

彼女の目を確認する、閉じたままだ。

「ひかり? ひかり??」

声を何度かけても、彼女からの返事はない。

彼女は、最後の力を振り絞って、
手を握って、俺の顔を見てくれた。

どんなにやつれても、

変わらず、澄んだ瞳で、俺を見て、

必死に言葉を絞り出した。

「あなた、は、だれよりも、わたし、を、
 りかい、して、くれて、いた、よ」

ひかりは最後の笑顔を振り絞るように、
ゆっくりと首を縦に一度だけ振って…

「あり、、、が、、」

そのまま、ぐらりと、
私に寄りかかってきた。

頬をぱちぱちとたたいても、
ひかりが反応することはもうなかった。

指輪をはめた左手は、だらんと下に伸びている。

まるで眠り姫のように、小さく目をつむったままの彼女を
大切に抱えながら、私はゆっくりと部屋を後にした。

「院長、本当に…………
 ありがとうございました」

大きく震える私の肩を、
一度だけぽんと叩いた院長は、
言葉を交わすことなく、
小さくピースのサインを出した。

「ひかり、今まで本当に、ありがとう」

腫れた目をこすりながら、

やっとのことで出てきた言葉。

天国の彼女に、そっと届くことを信じて。

運命は、ある日突然やってくるものだ。

まさか、ギターをやって、プロを夢見ていた俺が、

大事なギターを壊して、病院で働くことになるなんて

夢にも思わなかった。

ひかりの死後、院長との約束通り、
俺は、2年間、病院で働いた。

なぜ、こんな約束をさせられたのかというと、

ある程度近い距離の人が亡くなった時に、
後追いして自殺する人が多いらしい。

だから、最初に、
2年間は辞めない契約をさせるらしい。

別に、約束を放棄して逃げることだってできたけど、

ひかりを最後まで見届けてくれた病院を
裏切るのは後味が悪いから、

俺は、院長との約束を守って、2年間働き続けた。

そして、その後、病院を辞めて・・・

ひかりが死んだ後のことなんて、
全く考えてなかったから、

そこから俺は、
人生で何をしたらいいか、わからなくなった。

あれだけ、ひかりのために尽くして、

でも、そのひかりを失って、

俺の中に残ったのは「孤独」だけ・・・


そう思った俺は、
トレード(投資)や、ビジネスを始めた。

なるべく、人と深く関わらずに、
お金を稼いで、それなりに
楽しい人生になったらそれでいい。

そう思って、初めてみると、
俺は、音楽と違って、「お金を稼ぐ」ことに関しては

それなりに才能があったみたいで、
すぐに億単位のお金を稼ぐことができてしまったのです。

経済的な自由を手に入れて、
好きな時に、好きなことができるようになる・・・

そんな俺に待っていたのは、

でした。

よりより、人と関わらなくなって、
自堕落な生活を送って、
俺の中にある孤独は、より一層強くなっていきます。


いよいよ、俺は、

が分からなくなってきたのです。

どんどん、俺の心は冷めていってしまいました。

毎月数百万円のお金が勝手に入ってくるようになって、

どこか無気力で、
たいして面白くもない、

家畜と同じように、
何かを食べて、クソして、ただ眠るだけ。

そんな日々を送っていました。

「そもそも俺は人生で何をやりにきたんだっけ?」

人生の目的?
どうせ死んだら塵になって終わりだろ。

そんな自らの心にふたをするかのように、
暗闇の底に沈もうとしていたのです。

かつて、ひかりが何度も言ってくれていた言葉も、
空の向こうへ消えかけていました。

しかし、神様という存在は時に残酷で、
そういった「怠けている俺」を決して許しませんでした。

ある日、俺は、
数億円の借金を背負わされることになります。

しかも、それは、
3年以上付き合っていた仲間に裏切られて、

彼の尻拭いをさせられる形で、
負債を背負うことになりました。

やっと生活が安定してきたと思ったのに、
またしても一転、
一瞬でどん底に落ちる状態になりました。

俺は、心が折れかけました。

なんで自分がこんな目に遭わなきゃいけないんだ・・・

もう勘弁してくれ・・・

正直、そう思っていました。

そんなある日、
俺は、藁(わら)にもすがる想いで、
とあるビジネスのコミュニティに参加します。

そのコミュニティの人たちは、みな、

を大事にしていました。

単にお金を稼いで終わり、とかじゃなくて、
魂で求めていること、

と思うこと。

それをやっている時って、
熱く、燃えることができるんです。

実際、彼らは、必死に世の中を変えるために
熱く生きていました。

そんな彼らを見て、俺は思いました。

かつて俺も、彼らと同じくらい、
燃えていた時があった。

必死に勉強して、必死に1人の人と向き合って、
1ミリも後悔しない日々を送ろうと生きていました。

あの時、俺は「生きてる」って心から思えた。

最後、ひかりと病室で過ごした時、
彼女はほとんど言葉を話せなかったけど、
魂で繋がっている感じがした。

魂が奏でる音(バイブレーション)が響き合って、
とても心地よかった。

俺の魂には、
彼女の音(バイブレーション)が残っている。

だけど、いつしか、
その魂の声を、
無視して生きてしまっていた。

お金を稼いで、自由になったけど、
孤独、寂しさがどんどん大きくなるだけ・・・

だから、神様が、
「その生き方は違う!」と教えようとして、

俺にもう一度燃えさせるために、
わざと多額の借金を背負わせたのかもしれない。

俺は、再び立ち上がろうと決めた。

1人で孤高に生きるんじゃなくて、
俺自身が、魂の声に従って生きて、

そのバイブレーションを、多くの人たちに響かせ、
共鳴させていこう!!

そう思うようになったのです。

世の中を見渡した時、
俺と同じく、孤独で苦しんでいる人、

日々の生活に消耗し、疲れてきっている人、
魂の声がほとんど聞こえなくなってしまっている人が
たくさんいました。

みんな、そうした
「魂の叫び(衝動)」が本当はあるのに、

それを無視して、
封じ込めて、

自分の物語を生きることを放棄して、
流されて、暗く冷たい冷めた毎日を送ってしまう・・・

そんな人たちが、たくさんいたのです。

僕は、彼らの気持ちが、
ものすごくよく分かりました。

僕ほど、人生のどん底を
何度も経験した人はなかなかいないと思っています。

でも、それも、
「経験させてもらった」と思っています。

多くの人の「孤独」「寂しさ」が
わかるようになるために・・・。

俺は、その後、

というコミュニティを作りました。

この場所は、空中に浮いて、
太陽の光が当たっている自然豊かな場所
というイメージです。

ここには、日々の現実に埋没して、
魂の声が聞こえなくなり、

自分の本当の物語を
生きれずに悩んでいる人たちが
集まってきます。

俺は、そこで、
彼ら彼女らの魂に訴えかけていきした。

みんなが、自分が抱えている問題と
きちんと向き合って、

それを乗り越えていって、
魂の声(叫び)に従って
生きれるようになった時、

その人が奏でる
魂の音(バイブレーション)は、
他の人にも伝播していきます。

そして、「魂の共鳴」が起こって、
別の人もまた、魂の声を感じれるようになる。

コミュニティをやっていて、ある日、
そうやって、次々とみんなが「魂の声」を感じて、
一体になったと思えた瞬間がありました。

みんな、お金、権力、仮面をかぶった家族、
偽りの人間関係、どこにいっても消えない孤独感

そういったものに疲れていて、
魂の声のボリュームが小さくなって

つまらない、寂しい、理解されないという気持ちが
膨れ上がって、冷たくなっていた。

でも、少しずつ、魂に熱を帯びはじめて、
みんなのバイブレーションが響き合って、

「ニセモノの自分でいるのは、もうやめよう!」

そう思った時、
みんなの中の孤独が消えて、

そう心の底から思えるようになった瞬間があったのです。

かつて、ひかりと出会った時、
俺は、ライブ会場で、「つまらない」と思っていた。

まわりは盛り上がっているのに、
そこと共鳴できていなかったから。

それは、ひかりも同じだった。

そうして、二人ではじめた物語。

今、俺は、
ひかりの魂のバイブレーションを感じながら、

この場にいる全員で、1つになっている
みんなで、魂の曲を奏でている
そう思った時、俺は、

「ひかりは、俺の中で、ちゃんと生きている」

そう強く実感できたのです。

そして、なぜだか分からないけど、

そう確信できた瞬間でした。

その後、俺は、
結婚して、子供も生まれました。

そして、空中庭園で、
たくさんの仲間と出会うことができました。

自分自身が、魂の声に従って生きて、
そのバイブレーションを発していたら、
それに共鳴する人たちが集まってくるのです。

それは「お金だけ」「メリットだけ」の
繋がりではなく、

本当に魂で繋がれる人たちです。

俺は、これからの人生、
1人で孤高に生きるのではなく、

1人でも多くの人を、
明るく、軽く、あたたかい場所に連れていきたい

みんなが、魂の声に従って、
軽やかに生きられるよう

そんな「空中庭園」を、
作っていこうと思っています。

ここまで読んでくださったあなたに、
どうしても伝えたいことがあります。

今、あなたが抱える「孤独」は、
それが大きければ大きいほどに、

未来のあなたは、
本当に「心の底から幸せだ」と思えるような時間、
そう思えるような出会いが、必ず訪れます。

だから、諦めないでください。

そして、あなたの中にある魂の声を聞いて、
魂の音を、奏でてみてください。

きっと、素敵な音が鳴るはずです。

最後に、ひかりと共に奏でたバイブレーションが
広がっていくことを願って、、、

ひかりの魂が鎮魂し、
天国で、また出会えるように

「鎮魂曲メドレー」を
演奏させていただきました。

エンディングとして、聞いてください。

そして、いつか、空中庭園で、
一緒に、魂の音を奏でられる仲間になりましょう。

それでは、どうぞ。

■ひかりメドレー演奏・鎮魂曲メドレー
http://like-garden.com/file/0702-hikari-medley.m4a

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